「愛の賛歌」ピーターVer.

2週間ほど前、母からのデンワ。ピーター(池畑 慎之介さん)が演じる「越路吹雪物語」のチケット、妹(私の)と行く予定で2枚買ったらフラれちゃったから、一緒に行かない?ってお誘いコール。

迷わず YES! って即答した。

なぜなんだろうね。宝塚(歌劇団)に誘われても断わることが多かったのに、「愛の賛歌」に誘われた時は、迷う前に YES! って返事してる私がいる。それにスケジュールも必ずあいてるんだよね。

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さて。当日、開演より2時間前に待ち合わせて、帝国ホテルで早めのディナー。もちろん母のオゴり!
母に散財させることが親孝行になるって、なんて幸せなことなんでしょう♪

そして劇場に入り席につき開演を待つ間に、始めて今日が初日だったことを知る。母に「知っててチケット取ったの?」と聞いたら、たまたまこの日がとれただけで、初日だなんて気づかなかったとのこと。

あらっ、ラッキー♪

母も「初日なら、岩谷 時子さん、きっとどこかにいらしているわよ!」と嬉しそう。
私は(だったら越路 吹雪さんも、この劇場のどこかで・・・)なんて思ってるんだけど、心の声は母にはナイショ。

そして幕が上がる。

この舞台についての予備知識ゼロだったのはもちろんのこと、それ以前の問題で、私って コーちゃん=越路 吹雪さん のことを、全く知らなかったんだと思った。

物語は、生前のコーちゃんと縁の深かった 岩谷 時子さん=お時さん真木さん(マイク真木さんの父・・・ってコトは、つまり真木 蔵人さんのオジイチャン!)が、コーちゃんとの思い出を語るカタチで綴られていく。それは私にとっては、始めて知るエピソードばかり。

母がコーちゃんの大ファンだったから、子供の頃からコーちゃんのシャンソンをアナログレコードやカセットテープで聴いて育った。ガキのくせに、母に連れられ、コーちゃんのディナーショーや、帝国劇場のリサイタルにも行ったことがある。でも、コーちゃんのキャラクターや、彼女の人生については、私って何も知らなかったんだ・・・。

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パリから帰国したコーちゃんが、パリで エディット・ピアフ の歌に触れ「私なんてダメ。彼女と比べたら全く歌えてない。苦しいほど恋した経験がないんだもの」(正確な台詞は覚えてないけど、そんなニュアンス)って落ち込むシーン。十分に恋多きオンナだったコーちゃんだけど、ピアフと比べたら凄絶さが足りないから歌えないんだって嘆いて、物語では、そこから真木さんとの悲しい恋が始まる・・・。

そして、このエピソードで、私は長年カンチガイしてたことに気づいた。
以前、母に連れられてパルコ劇場で観た、美輪 明宏さんの「愛の賛歌」、越路吹雪物語だと思い込んでたけれど、実は、エディット・ピアフ物語だったんだ!

そして、越路吹雪物語を演じられるのは ピーター しかいないのかもしれないと、この時、思った。

もうひとつ印象に残ったエピソードは、「愛の賛歌」の日本語の歌詞の誕生秘話。それは、そのまま、岩谷 時子さんの、売れっこ作詞家としてのデビュー秘話でもあった。
大きなステージのメインを掴んだコーちゃんに「愛の賛歌」を日本語で歌わせたいと考えたプロデューサーが、あまりにスケジュールがタイトで著名作詞家に依頼することができず、東宝の社員だった岩谷さんに作詞を命じた。舞台では、そう語られていた。

運命のイタヅラ。私たちスピリチュアル仲間のコトバで言えば「シンクロニシティ」によって、あの名曲が日本語の歌詞を持ち、岩谷さんが人気作詞家へのチャンスを掴んだ。すべて必然だったと、しみじみと思う。

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コーちゃんの最期を、岩谷さんが病院で看取ったシーンの後、フィナーレは、コーちゃんに成り切った ピーター のショータイム!

その昔、父と妹も一緒で、家族4人で、越路 吹雪さん(本人)のリサイタルに、同じ帝国劇場に連れられてきた日のことを思いだした。その日の越路さんは真っ赤なドレス。そして今夜のピーターも、あの日の越路さんと同じ、真っ赤なドレス。(母に聞くと、必ずってワケではないけど、越路さんは赤いドレスが多かったとか…)

そして、ステージで歌われるシャンソンの日本語歌詞を、私は一緒に歌えるくらい、よく知っていることにビックリした。母と一緒に聴いた歌、あれから20年以上たったというのに、忘れてなかったんだね。

この母の娘として生まれることができたことへの感謝の気持ちで、胸がいっぱいになった。

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幕がおり、コーちゃんから、ピーターに戻った池畑さん の挨拶。初日であると同時に、なんと「越路吹雪物語」100回目の公演だったとか!
感涙にむせびながら、ピーター が、1階客席の岩谷さんを紹介。拍手の中、岩谷さんは立ち上がってくださった。母と私は中2階の最前列から、その姿を見た。気品ある凛とした方だった。

ファンが望んでもカンタンには手に入らないチケットだっただろうに、それを思いがけず母からプレゼントされた私って・・・なんて幸せなんだろう。

ママ、私を産み、育ててくれて、ありがとう。そして全てに、ありがとう♪