続々カミングアウト:ペルソナ

なんてサブタイトル付けてみたけど、ベルイマンの映画でも、心理学の解説でもなくて・・・。

「カミングアウト!?」と、その続編に、たくさんのレスをいただいた。ブログ友達の皆さん、本当にありがとうございました~。m(_ _)m

注:オリジナルの記事は、コメント付きで楽天ブログに残っています。

そして、コメントにレスしてるうちに、パズルが解けたみたいに、突然気づいたことがある。

galateaさんからいただいたコメントにあった「自分のハンドルネームを考えて、別の名前ができるとそんな風に育ってく」というフレーズを見てスゴ~く納得しつつも、でももしかしたら 瑠花 の場合はちがうかも?って感じた。

私の場合は、瑠花 というセラピスト名を手に入れたことで、新しい自分が育ったのではなく、私の中にいたホントの自分が、やっとカミングアウトできたんだってことに気づいた。
セラピストとしてのブランディングのために作った名前のほうが、いつの間にか、より 自分らしく なっていた。

どっちが表の顔?・・・ってより、私が属する2つの異なる世界で、ペルソナ(仮面)をかぶった私@本名素顔の私@セラピスト名 のセットを使い分けてるって感じ。

本名の私は、ペルソナをかぶって何十年も生きてきた。そして今も、ペルソナをかぶりつづけている。

誰に対して? 何を隠して?

いちばん外側のブ厚いペルソナは、両親に対してのもの。しっかりした長女として、優等生として育てられた私は、いまだに両親に自分の弱みを見せられない。見せたくない。

そして、もう少し薄いペルソナは、今も1~2カ月にいちどCLUBイベントで会う数年前からの知人と友人に対して。私にとってCLUBは、ペルソナかぶってその時空間を楽しむ 仮面舞踏会。知ってるのはダンサーネームだけ。お互いの本名も職業も知らなくたっていい。(もちろん長い付き合いの中で、ディープな人間関係の友達も何人かできたけどね。)

今回の カミングアウト3部作 は、mixiではダブルアカウントが(原則として)取得できないから、CLUB繋がりのグループに対して、一切接近しないか、あるいは、ペルソナを外した素顔をさらすかの選択をしなければならないことから始まった。

初日に私が自問自答した「自分が執着し手放せずにいるもの」に対する答えも、見つかった。
私が手放したくないものは、ペルソナ。そして CLUBという名の仮面舞踏会。さらに言ってしまえば、互いのペルソナを尊重しながら付き合うことのできる(距離のある)人間関係。

結論:人間、誰だって複数の顔を持って、複数のシーンで生きている。だから、複数の顔(アカウント)を使い分けることを許されないSNS(mixi)って、やっぱりムリがあるんだよぉ~~~!!!


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